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東日本大震災に伴い全国に避難されている方々のための地域情報サイト

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「Ando★Kitchen 〜男の料理教室〜」を開催いたしました。

私たち避難者は母子避難や核家族での避難など、一家の主婦が病気になった時などに家事のサポートをしてくれる他の家族や親戚が近くに居ない人がほとんどです。いつもご飯を作っているお母さんが倒れてしまったら、お母さんもその子供たちも食事に困ってしまいます。そんな時に、身近にいるお父さんが簡単なものでも料理ができたら…とても助かりますよね?!そんな想いから「Ando★Kitchen 〜男の料理教室〜」は始まりました。

講師は福島県からの避難者の安藤信明さんです。ホテルのシェフとして現役で活躍されている方ですが、この教室のために沖縄県産食材を使った簡単にできるレシピを考えてくださいました。

第一回(平成28年9月17日)のメニューは、
・ 沖縄近海の魚介類のカルパッチョ
・ ソーキを使ったスペアリブ

第二回(平成28年10月8日)のメニューは、
・ 親子丼
・ 和風ミネストローネ
・ 冬瓜の浅漬け

どれも美味しそうですね。

参加された方は単身で避難されている男性の方のも多く、毎日の食事の支度には頭を抱えているようでした。慣れないエプロン姿が可愛らしいですね?!男の料理教室は子ども向けの料理教室ではないのですが本人の希望により小学校高学年の男の子も参加して楽しい会になりした。

参加者の中には一度も料理をしたことがないという方もいましたが慣れない手つきで米とぎから始めていました。最初は滑りやすい玉ねぎを一枚ずつぎこちなく切っていた方もみるみるうちに上達して、玉ねぎを重ねて切る事ができるようになった姿を見た時は少し感動しました。

皆さん、先生のお話をより近くで聞こうと事務所の狭いキッチンにぎゅうぎゅうになって入って熱心に先生の話を聞いていました。「お味噌汁を作るにはどうしたらいいか」「だしはどこで買えばいいか」など質問が多くなり、この料理教室を通して自分でも自宅で作ってみようという気持ちが感じられました。

後日、「旦那さんが自宅でお料理を作ってくれました〜♪」という奥様の声も聞くことができたのは本当に嬉しく思いました。また、この料理教室に参加した男の子のお母さんから連絡があり、ここで教わった親子丼を家でも作ってくれたことを嬉しそうに話して下さいました。この料理教室の趣旨を理解してくれていて、実際に行動に移す事が出来た男の子の成長には本当に感動しました。

支援情報が届く「全国避難者情報システム」を活用しよう!

避難されているみなさんの自宅には、それぞれの受け入れ自治体から「支援情報」が毎月届けられているでしょうか?関西では、和歌山県、奈良県、滋賀県から毎月、京都府では毎月第二、第四週に。大阪府では大阪府下避難者支援団体等連絡協議会(ほっとねっとおおさか)から毎月10日前後に各市町村へ配送、各市町村から大阪府下の避難者のみなさんへ届けられます。この配布に使われているのが「全国避難者情報システム」です。
※総務省:全国避難者情報システムシステムについての説明

避難者支援情報をお求めの方は「全国避難者情報システム」に登録を

20年前の阪神淡路大震災後に県外避難した兵庫県被災者に支援情報が届かず、避難者は復興の道のりから置き去りにされていきました。正確な県外避難者数は、今もわからないままです。

その失敗を繰り返さないために総務省が東日本大震災後、導入したのが「全国避難者情報システム」です。関西ではシステムの登録は、主に住宅支援を申請するときに受け入れ自治体から説明されていました。しかし自主的に民間賃貸住宅に避難した人は登録の機会を与えられないまま避難生活に突入することになります。それは支援のつながりを作れないまま避難生活がスタートすることになり、避難生活の孤立化へとつながっていきます。今も「初めて支援が関西にある事を知った!」と支援情報を受け取ってびっくりされる人にお目にかかります。また、マスメディアや被災県が「避難者数」と発表する際に、この「全国避難者情報システム」の「避難者数」が使われています。避難者数は毎月更新され、復興庁のWEBサイトで閲覧が可能です。
復興庁:全国の避難者等の数(所在都道府県別・所在施設別の数)

しかし、システムを知らない人も多いため、東日本大震災の県外避難者数は、実際と大きく違っている事が課題になっています。ある日の関西の交流会では参加者全員が登録していませんでした。存在そのものを知らない人が今も数多くいるのです。

避難者支援情報が届かない方は

私たちは、インターネット、スマートフォン、テレビ、ラジオといつも無料の情報に囲まれているという漠然とした安心感を持っています。しかし避難者支援情報を受け取ること、届けることは、実際にはとても難しいのです。

避難者がシステムへ登録のためには、避難者自らが避難先市町村へ向かい、窓口で登録用紙に記入しなければなりません。また、窓口が統一されていないので、府県の市町村によって窓口は様々です。受け入れている関西の自治体の担当課以外の担当者が知らない事もありますが、担当課の担当者もシステムそのものを知らないこともあります。登録まで数時間、数日かかることも。また、登録先で登録したはずでも、各自治体でシステムやリストを更新せず、避難者へ支援情報が届かないこともたびたび起きています。市区町村の担当者がシステムの用紙を倉庫に眠らせていたケースや、本人の同意なく、引っ越し後は配送を打ち切っていたケースもあり、情報が届かず困惑しているという声は途切れる事がありません。

「全国避難者情報システム」に登録するメリットは?

システムに登録すると、毎月、受け入れた関西の自治体から「支援情報」の定期便が届くようになります。市民団体や専門家等が、毎月の支援イベントや、生活や暮らしの相談会、交流会の案内を受け入れ自治体に届けています。その支援の案内や、被災県からの新たな支援策も届くようになります。システムに登録しておくことで、サポート情報を受け取ることが出来るのです。システムの個人情報は各自治体が保管しています。


【夏に大阪駅前で行われた避難者相談会では、福島県と関西広域避難者支援センターがシステムの説明や登録を行っている。】


【総務省が震災後に配布していたポスター】


【全国避難者情報システム用紙】

できることからはじめよう!

ゆとりをもって心豊かに過ごしたい、そのためにできることって何でしょう?家計簿で生活を見直してみませんか。スタートは小さなきっかけから、今後の暮らしにぜひ役立ててください。

こんな呼びかけで「福島県からの避難者を支援する連絡協議会」の主催で家計簿講座が開催されました。

避難者の方々に寄り添い支援活動を継続している「秋田友の会」の会員が講師となってこれからの生活再建に役立つ家計簿の付け方を学びました。実際に家計簿を見てもらい、各家庭にあった予算を立て、不明な点を教えてもらい買い物の頻度や公共料金の金額など、気になっていることを話しながら、無駄を減らすためのポイントや家事のコツについて意見交換をしました。

「参加者からは実際に家計簿を付けてみて、一年間のイベント表でお金の出入りがとても参考になった。」「予定を把握しておくことで急な出費に慌てることがなくなるのではないか。」「保険金額がかかり過ぎていた。家計の問題点が解ってよかった」等、参加して良かったという満足した感想を聞くことができました。友の会の手作りカップケーキをごちそうになりながら、簡単に作れるお菓子の話やちょっとした手間で豊かな食生活に繋がるアドバイス等、和やかな会話が広がっていました。

避難先の地域によって、生活に掛かる費用にも大きな違いがあります。特に北東北に避難されている方々はこれからの季節、暖房費が大きな負担になります。公共施設で開催されている様々な、講座やサークル活動などに参加してウォームシェアに心がけることもいいですね。とお声を掛けさせていただきました。

午後は場所を中華料理屋さんに移し、午前中に学んだことや、今後自身が頑張りたいことをテーマに交流ランチ会が行われました。

「震災後、ここに来た5年間が人生で一番勉強したと思う」と語る人や、「家庭としての形は複雑になってしまったがそれなりにうまくいっている」「この現状を維持していきたい。」「ここで、様々な人間関係ができた。この関係を途切れないようにしたい。」等々。ランチをいただきながら、みなさん笑顔で交流を楽しんでいました。

家計簿での日常生活はもちろんですが、ライフサイクルで家計を考えたいとの意見もあり、現実を見据えたくらしの相談会の必要性を感じました。

あきたパートナーシップ
畠山


【家計簿講座1】


【家計簿講座2】

避難者への理解・・・中国地方の場合

近い地域でも福島県から1,000km近く離れている中国地方では、震災発生から年月が経つほど「避難者」への理解が浸透しにくくなっている。

「理解」という概念よりも「存在」といった概念の方が正確なのではないかと思うくらい「避難者」に対しての関心が低いことに驚く。特に、その後の様々な災害が発生するたびにそのことは顕著になっていっている感が否めない。

そこで今回は、われわれ支援者側から見た「避難者」と、市民側から見た「避難者」の「存在」の本質の違いについて書いてみたい。

われわれ支援者は、常に避難者の存在を身近に感じ意識している。それはもちろん「支援」のことを考えているからに他ならないが、要は避難者と接する機会の多さ、震災そのものへの理解・関心の深さがあるからである。

そこでそのことを、そんな自ら(支援者)を客観的に認識できていないと(認識できていない時)往々にして一般市民の避難者への理解の無さに無力感を感じたり、腹を立てたりする光景を目にすることになる。

「避難者の立場を分かっていないなんてひどい!」とか「避難者を支援し助けてあげるのが当たり前なのに」といったようなことをいう支援者を時々見かけるのである。こう思うこと自体、仕方のないことで、こう思うことを決して非難できないが、それを口に出してしまったり、市民に食って掛かったりしてしまうことは避けなければならない。その行為は実は更に避難者への関心を弱め、「存在」を消してしまうことに繋がりかねないからだ。

一般市民は決してヒューマニズムに欠けている訳でもなく、「存在」に関心が無い訳ではないのだ。その実像を、実態を知らされていないからに他ならないのだ。

われわれ「支援者」は、息長く、辛抱強く、丁寧に、避難の実情、避難者の存在、避難生活の状況を、できうる限り客観的に、時には冷徹に感じるほど客観的に伝え続けていかなければならいのだと、「避難者の存在」に関心のない人たちに出会う度、そう思うのだ。

ありがとう北海道プロジェクト(ごみ拾い活動)

みちのく会では、3.11震災の日にちなんで、毎月11日に「ありがとう北海道プロジェクト」という名で、事務所近くのゴミ拾いを行っています(※土日と重なるときは事務所の空いている時の前後に日程を合わせます。なお冬季は雪の為、会主動での開催はしておりません)。

“避難を受け入れてくれた北海道に感謝の気持ちを込めて、近くのゴミ拾い”

実は、事務所に来なくても、今住んでいる自分の家の周りでもよいのです。ただ、事務所に来たときはみんなでできて、歩きながら話をしたりすることもできるので、茶話会などとはまた違った形で避難者同士が集える活動となっております。

ボランティア用のゴミ袋と、鉄のハサミ、軍手、専用の帽子。それだけあれば準備完了。主な参加者は、事務所スタッフと当日参加の避難者さん。そして道民サポーター(応援団)です。集まりは毎回数名で、そう多くは集まりませんが、定期的に行う事で、より避難先での感謝の気持ちも芽生え、実行したあとは本当に北海道へ「ありがとう」という気持ちになれます。

月に1度ですが、回数を重ねていると、徐々に普段の街のゴミの数が減ってきたことが、なんとなくわかるのです。(公園、道路脇、通学路、駐車場。細かいタバコのゴミや空き缶は減ったのかな?)また何年も続けていると、様々な出会いがあることも面白いところです。近所の方が、ごくろうさまと話しかけて頂いたり、別の年配のボランティアの方と知り合ったり、下校中の子供たちにあいさつしてもらったり、変にちょっかいを出されたり、はじめは予想していなかったことにも遭遇します。それでも街に溶け込む感じもあり、何か心の中で嬉しさが湧き出てくるのを感じます。

このように、直接的な被災者や震災支援活動ではありませんが「避難後、そこで生きていく」という生活の中では、とても大切な要素に気付くことができる活動だと感じています。参加した避難者さんの中の声でも、「歩いて、気持ちよかった」「きれいになってよかった」「今日は沢山拾えた」と素直な感想も頂けます。

活動後はやっぱり少し疲れますので、事務所に帰ったあとは、ちょっとティータイムになります。少し疲労感で、くたっとしながらで交わす、何気ない会話や、共有する時間は緊張も取れて良い空間だと感じます。

活動への参加は強制ではないので、事務所に来れない方は、住まいの近くのゴミを拾うだけでよいのですが、事務所でお茶を飲みながら、離れていても同じ日に、あの人も一緒にゴミ拾いしているんだろうなぁ。と感じて思いにふけるのもまた面白く、本当によい活動だと思っています。全国で同じ日にできたらワクワクしちゃいます。いつでも参加者募集中です!

地域とつなぐ「ふくしまあじさい会」の活動

こんにちは。地域調整員、関東甲信地域担当の金子です。

震災から5年が過ぎて、関東地域では避難されている方々の住宅を求める動きが目立つようになってきました。避難されている方々にとって住宅の問題は大きく、平成29年3月末には、自主避難者への住宅供与期間が終了するなど、更に選択を迫られている状況になっています。これからの居住先を決める中で、それぞれの選択があると思いますが、避難先地域やこれから移り住む地域のコミュニティは大切なポイントになるのではないでしょうか。

今回ご紹介する「ふくしまあじさい会」は、栃木県下野市を中心に活動する避難当事者団体で、そういった地域のつながりを大切に活動する団体のひとつです。

9月18日(日)、ふくしまあじさい会のバーベキューに参加させていただきました。当日は、荒れ模様の天候でしたが、朝早くから会のみなさんが集まり、準備をし、また利用した施設のスタッフの皆さんにも協力いただきながら、小さい子から年配の方までが参加する笑い声の絶えない会となりました。

ふくしまあじさい会は、2011年6月に「あじさい会」として活動をスタートしました。避難者同士のつながりを求め、「福島」や「いわき」ナンバーの車を自転車で見付けて回った会の代表の苦労もあり、その想いに賛同した仲間が集まり、翌年6月に「ふくしまあじさい会」と名称を改めました。その頃より、月に1度の定例交流会を開催し、今では毎回40〜50名の方が集まるそうです。また、毎月独自に広報誌を発行し、下野市の協力により市内の避難世帯へ発送しています。現在、下野市には125人(平成28年8月30日現在)の方が避難していますが、その様な地道な活動によりほとんどの方を把握できています。

また、地域との交流も盛んで、福祉施設の田植えのお手伝いや地域のイベントでの出店、清掃活動等に参加し、代わりにイベントやお花見等のお誘いを受けるなど、その交流も定例化してきています。孤立してしまう人がでないよう、避難者同士のネットワークをつくり、避難先地域への感謝や地域に溶け込んでいけるような取組を続けてきているからこそ、避難者の集まりの場が減りつつある中、つながりを求めて、下野市内のみならず、周辺地域や県をまたいだ参加も増えてきているそうです。

ふくしまあじさい会は、毎月第2木曜日、下野市コミュニティセンター「友愛館」で定例交流会を開催しています。お近くにお住まいの方、また遠方からでも会の活動にご興味がありましたら、ぜひ一度参加してみてはいかがでしょうか。

東北・四国 心行き交う盆踊り交流会を開催!!

夏の厳しい暑さも過ぎ、全国各地、運動会と秋祭りのシーズンですね。四国・愛媛でも去る9月10日、松山市石手寺で「東北・四国 心行き交う盆踊り交流会」を行いました!

当日、会場には協力者・関係者含め約300名の方に参加いただき、出店も13店と大規模な盆踊り大会となりました。この交流会は福島県で盆踊りの活動をされている“ひばりの連”や宮城県で暮らされている方を愛媛県へお招きし、“相馬盆踊り”や“気仙沼音頭”を参加者で踊り、盆踊りを通じた心の交流をしようというものです。19世帯44名の四国内避難者の方が参加し、盆踊り後の交流会では、ひばりの連の方も交えて避難先での生活、現在の福島での生活について思いを語りました。

1つ目は、「被災者同士の交流」です。現在、東北で暮らしている人たちと四国内へ避難している人たちとの交流です。四国へ避難している人たちが福島・宮城の現状について知る機会を持つこと、また東北と四国の接点を持ち続け繋がりを太くしていくことで、これからの生活を選択するにあたっての助けとなるような交流とすることです。

2つ目は、「避難者同士の交流」です。全国の地域別避難者数で見ると、四国への避難者数は最も少なく、日常生活において他の避難者とつながれる機会や避難先での社会参加の場も少なく孤立しがちなのが現状です。今回のような交流会を通じ、今後の避難者の相互扶助体制構築に寄与できればと考えていました。また、震災から5年が経ち、故郷を知らない子供たちに東北の文化を知ってもらうものになればという思いで盆踊りの交流会を企画しました。

3つ目は、「東北と四国の交流」です。はるばる東北から四国・愛媛へお越しいただくので、四国の芸能・文化にも触れていただこうということで、松山市で活動しているよさこい連にも演武を披露してもらいました。華麗な演武に、東北の方々だけでなく愛媛県の人々も魅了されていました。

えひめ311でこのような大きなイベントを開催するのは初めてのことで、何を準備すればいいのか、どのくらい人が集まるのか等々、準備期間から暗中模索で当日を迎えました。しかし、参加者の中には、避難してきてからずっと元気のなかった方も笑顔で「なつかしいな〜」と盆踊りを踊られたりと、大変うれしい場面もありました。

ひばりの連の連長さんからの「地元の復興が始まったが、子供や若い人たちが帰ってこなくて、本当に寂しい」、「地元・福島で頑張っているところを見せたいと決意して来た。辛いこともあり、今は心配だろうが、昔を思い出して笑ってほしい。生きていて良かったという瞬間を見つけてほしい。」という言葉に、福島での生活の現状や、そこで生きることへの葛藤と強い思いを感じました。

今回、何とか無事に盆踊り交流会を終えられたこと、被災者・避難者の方々の思いを少しでも繋げられたことを、また次の活動への原動力にしていきたいと思います。

福島への「ふるさと交流会」を西日本の支援団体が実施

今年の夏、京都府の「みんなの手」、滋賀県の「滋賀県内避難者の会」、愛媛県の「NPO法人えひめ311」、沖縄県の「沖縄じゃんがら会」、岡山県の「ほっと岡山」、大阪府の「まるっと西日本」らが福島県で県外避難者を対象にしたふるさと交流会を開催しました。交流会は郡山市と福島市といわき市などの都市で複数回行われ、西日本に避難している350人近い福島県の避難者がこの夏ふるさとへ帰省し、同郷の県外避難者たちや現地へ帰還した人たちと交流しました。9月のシルバーウィークには京都府の「NPO法人 和(Nagomi)」主催の「ふるさと交流会」が郡山市で行われました。

各団体の参加者の募集は7月から9月の間に行われました。申請応募理由には「もう何年も福島へ帰っていなかった。ふるさとへの移動の経済的な負担は大きいので嬉しい。」「家族親族ともう長い期間会っていない。」「お父さんは子どもに会うのが数えるほど。福島へ一時帰省したくても移動費がかかる。」「今後について家族と話し合う機会がなかったので助かる。」など、文面からは家族親族が分散しての避難生活での経済的な負担や心の負担を軽減するような支援策を求める様子が伺えます。終了後も、参加されていたほとんどの方から「これからも必ず続けて欲しい。」との感想をたくさんいただいきました。

各地の交流会では、現在の住まいや支援についての情報交換、同じ学校の出身者や昔の同僚との再会、帰還している人との交流もあり、交流会は同郷の人同士が集う場として会話がとぎれず、それぞれの団体の担当者は「この支援へのニーズが多かった。」「一人親家庭や母子避難者の生活困窮を軽減するための支援が必要。」「家族分離世帯の支援策として有効。」「経済的な理由でふるさとへ行きたくても行けない人が多いことがわかった。」「今後の事を家族で話し合えていない分離世帯にとっては、今後の事を決める場の提供が出来たようだ。」とコメントしています。

ひとたび避難すると、子育て中の家庭は、避難先で子育てを再スタート。子どもの入学卒業時にしか引っ越し出来なくなる傾向が強まります。また、就職先が決まると遠方への転居とともに転職活動を行う負担、引っ越し費用の負担や精神的な負担などで緊急避難先に長期的に避難し続け、緊急避難が長期避難へと変わっていきます。県外避難者の生活再建は、収入を得るための仕事と子育ての中で継続されるため、ふるさとを訪れる事や様々な手続きなど、ふるさとの様子を伺い知る交通費を捻出する事が、家庭内の経済負担のなかではどんどん後回しになっていきます。20年前の阪神・淡路大震災後も、今回と似たような支援策が行われています。兵庫県は各地に散らばった県外避難者への支援の仕組みとして、「ひょうごカムバックプラン」を実施。県外へ避難した人がふるさと兵庫の復興の下見や仕事探し、就職活動、手続きなどで、県内へ一時戻る宿泊施設を利用した場合の宿泊費の一部の補助が行われました。20年前の県外避難者の記録等には、県外に避難し、差別や周囲の無理解の中、避難先での暮らしや暮らしの復興のためにがむしゃらに仕事に追われ「戻りたくても戻れない」状況にあった兵庫の人たちの苦しさを文面から伺い知ることが出来ます。

震災がひとたび起きると、被災県は初めての県外避難者に対してどんな支援策が有効なのか?どんな支援が今求められているのか?を模索しながら県外避難者支援を行うことになります。「帰りたくても帰れない県外避難者」にはどんな支援策が必要なのか。避難されている方の希望やリクエストを、被災県に伝えることもまだまだ避難者にも支援者にも求められています。西日本の支援団体は今年の12月もふるさと交流会を行うため、今、連携して準備をすすめています。

震災を風化させない~学生支援サポーターの思い

今年度から本事業の担当になりました、NPO法人あきたパートナーシップの石野と申します。

秋田県内に避難している小中学生の子どもたちに、『子ども支援サポーター』として学習支援を行う大学生たちの活動をお伝えします。

現在、『子ども支援サポーター』は秋田県立大学(本荘キャンパス)と秋田大学の学生17名が持ち回りで担当しています。両大学にはそれぞれ東日本大震災の被災地復興支援を目的とした「UP←A」、「AKITAID」というボランティア団体があり、サポーターはそのメンバーでもあります。

8月27日、秋田県避難者交流センターで行われた学習支援には、中学一年生と小学一年生の兄弟がやってきました。この日の担当サポーターは、秋田県立大学の男子学生2名。子どもたちの勉強の予習を手伝ったり、トランプで一緒に遊んだりする様子は和やかで、どこか家族のようにも見えます。お二人とも活動を始める前は「避難者」という立場の子どもたちにどう接してよいのか分からず、不安で緊張したそうです。しかし、実際に活動を始めてみると子どもたちはとても明るく、一緒に過ごす時間が楽しい。子どもたちの「ありがとう」・「また来てね」といった言葉や笑顔に、「逆にサポーターの方が励まされている」といいます。

『子ども支援サポーター』の中の一人の学生さんは、ご自身が幼い頃に両親の仕事の関係で幾度か転校をくり返した経験があり、活動するうえで「避難のために転校せざるをえなかった子どもたちの気持ちに寄り添いたい」と考えています。7月に行われた「みんなで創ろう夏祭り2016」では大学の仲間とともに、避難者の子どもたちとスノードーム作りをしました。「転校で淋しい思いをしている子はいないかな?もしいたとしたら、少しでも一緒に楽しんで喜んでもらえたら嬉しい」そんな気持ちを込めて、ジャムやお菓子などの空き瓶を利用した可愛いスノードーム作りは子どもたちに大好評でした。

先の学生たちは被災地を訪れ、ボランティア活動や現地の人たちとの交流も経験しています。「震災を風化させないで」という現地の人たちの声を直接聞き、人と人との繋がりの大切さについて身をもって体験した彼らは、今後も『子ども支援サポーター』をはじめとする避難者支援活動を続けながら、「震災が風化しないように伝えていきたい」と話していました。

【秋田県避難者交流センターで行われた学習支援の様子】

東海4県避難者支援のネットワークづくり

愛知県、岐阜県、三重県、静岡県には、約2,600人の県外避難者がいらっしゃいます。震災から6年目、避難者の方々が抱える課題は複雑になっていく一方、支援団体は限られてきています。そんな中、東海4県の支援団体同士が情報交換し、課題解決に向けて協力し考えていく場ができればと「東海地域避難者支援連絡会」が開催されました。

8月11日(木)名古屋市内にて開かれた会には、東海4県の支援団体、社会福祉協議会、協同組合、専門家など14名が集いました。今年度最初の会でもあったため、それぞれの自己紹介と各県の活動紹介から始まりました。避難者への情報の届け方、避難未登録者への対応、地域毎の支援の違い、県や市町村との連携、県内支援団体同士の連携などについて共有しました。県内では当たり前にしていた活動が、実は他県にはない取り組みであることがわかったり、お互いに新しい発見になっていました。なかなか解決の糸口が見いだせない課題についても、別地域の支援者からアイデアや参考となる活動事例についての情報提供があり、県域を越えて情報を出し合う場を設けることで、活動のヒントやきっかけ作りになっていたと思います。

支援団体に寄せられる相談内容については、年月が経過するに連れて震災の影響もありつつ、介護や子どもなど日常の福祉に関わる相談が増えてきています。県外避難者は、地域で孤立し、SOSが出せないまま生活困窮に陥ってしまう可能性があり、それを未然に防ぐための「予防」の動きが大切との話もありました。そのためには、地域の方々との協力関係が必須となります。避難者の所在を把握している行政と連携しつつ、日頃地域で活動している民生委員さん等との繋がりをどのように作るかが課題です。民生委員さんは抱える業務が多く、一方的にお願いするだけでは難しいため、まずは避難者の方々の現状を認識してもらい、意見交換ができる場があればいいといった意見もありました。

住宅の無償支援の終了に伴い、住居や居住地に関する見通しを立てることが求められています。しかし、例えば愛知県では、4割程度の世帯が今後の見通しが「未定」で、複雑な思いを抱えながら生活している世帯はまだまだあります。他県でも同じように迷っている方がいらっしゃると推察されます。年月が経ってから表面化する課題もあるため、避難者の方が相談したい時、理解のある相談相手がどこにいるかわからないということのないよう、「見守っているよ」という姿勢を発信し続けることが大切という話がありました。

県外避難者の課題は今もなお山積しています。東海4県の集まりを定期的に開催し、支援に関わる団体同士がつながって次の支援を一緒に考えていくことができればと思います。

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