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東日本大震災に伴い全国に避難されている方々のための地域情報サイト

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「まるっと西日本」の取り組みの紹介

こんにちは。「まるっと西日本」です。
今回はかつての被災地、ここ関西での県外避難者を「情報」で支援する、私たちの取り組みについてお伝えします。

まるっと西日本は2011年11月に県外避難者自助団体として大阪市内で発足。「まるっと」=「まるごと」つながって西日本から東日本大震災を支えよう。という意味で福島から避難した方から名づけられました。

2011年、市民は何とか避難者を支えようとお茶会、相談会など各地で始まりましたが、県外避者をスムーズに発掘できず参加者はどこも数名。一方、新聞をとっていない、PCを持たない避難者は支援があることすら知らず孤立していました。そして支援情報は自治体を含め、WEBサイトの下の階層の見つけにくい場所にありました。「県外避難者はどこにいるのか?」「どうやって関西の支援情報を(避難者は)知ればいいのか?」それは当時避難者でもあった代表世話人2人の悩みでもありました。

「情報支援」は、避難者の発掘とつながりのきっかけに。

関西の支援団体を訪問したり、電話やインターネットで集めた支援情報、支援者や避難者のインタビューなどを掲載し「週刊・支援情報メールニュース」として配信。(現在の読者は約800名)。情報をスピーディに届ける事で県外避難者の発掘を促し孤立を防ぐ事。支援者と避難者が関西でめぐりあえるように。メールニュースを毎週発行する時には、そんな願いがこめられています。

2013年には、ダイジェスト版A4モノクロ「支援情報紙」を発行。2014年はフルカラーA3版を、毎月2000部を印刷し、大阪、兵庫、京都へ、9月から和歌山と滋賀県にも、それぞれの都道府県自治体の協力を経て避難者のもとへ届けられます。配布には関西の自治体の協力が欠かせません。

メールニュースから生まれたものもあります。読者にはメディア関係者も多く、私たちのインタビュー記事をさらに取材して生まれた新聞記事、MBSラジオ(明日の防災を考える〜ネットワーク1.17)、NHK大阪(NHK第一放送)関西ラジオワイドの特集「県外避難のみなさんへ」(毎最終月曜5時台〜)ではメールニュースから支援情報のトピックスをオンエア。らじるらじるで全国どこでもNHK大阪の放送を聞く事ができます。番組と共同調査した「県外避難者の公営住宅期限調査」によってメディアと協力して県外避難者の「居住不安」を解消したとして居住福祉学会から学会賞(2014年度居住福祉賞)を受賞しました。メールニュースを発行することによって、避難者や支援者以外にもメディア、研究者、関西の市民へと、つながりの輪は広がっていきます。

目的は「支援情報」を「スピーディ」に避難者へ届ける事ですが、ゴールは読者がいなくなること。「もう支援情報はいらない」といって避難された読者のみなさんから必要とされなくなる日を目指してがんばります。

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取材時の様子

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支援情報誌配布の様子

福玉便り〜お互いの事情を聞き、語り合える誌面に

こんにちは ハンズオン埼玉/『福玉便り』編集部の西川です。
今回は、『福玉便り』のご紹介をさせていただきます。

「……しだいに震災避難者関連報道や情報が少なくなり、不安に感じる事がありますが『福玉便り』が届くと『私達がここにいる事を忘れないで居てくれる人がいる』と思いほっとします。」(読者の方からのはがき)

『福玉便り』は、埼玉県内の避難者向けに発行している月刊誌です。毎月4000部を発行しています。2014年8月までで、27号(+号外2号)を発行してきました。
2011年の秋、県内にばらばらに避難してこられた方々がそれぞれの地域で集まって、交流会などが開かれていることがだんだんわかってきました。そこで、その動きを横につないで、みんなで一緒にがんばっていこうね、孤立している人が一人でも少なくなるように、お互い励ましあえたらいいね、という想いで、2012年の3月にいくつかの支援団体が協働して創刊しました。
福玉便り

埼玉県内各地の30以上の避難者・支援者のみなさんや県内外の関係機関の方々に情報を提供いただいて、作成しています。法律や賠償問題・教育・住宅・相談機関に関することといった、必要な情報や交流会の案内、避難中の方へのインタビューなど少しでも避難生活の役に立つ誌面、少しでも気持が楽になるための誌面づくりをめざしています。配布は、個人への郵送、団体を通じての配布、自治体を通じての配布の3つのルートでおこなっています。埼玉ゼロックスの社員の方々が無償で印刷してくださっています。

私達の推計では、被災3県約6,000人の方が埼玉県内にいらっしゃいます。一人でも多くの被災、避難されてきている方にお届けしたいと考え、県内の各団体、市町村などの行政機関の方々のご協力をお願いし、配布先をひろげながら交流やネットワークづくりを重ねてきた2年半でした。しかし、いまだ『福玉便り』をはじめて受け取った、交流会のことをはじめて知ったという方もしばしば出会います。

発行を重ねていくなかで、一番むずかしいと感じているのは、「避難者とは誰のことなのか?」という問題です。災害救助法などの従来の制度や支援の枠組みでは、カバーしきれないところもあります。自治体によって支援に違いが生まれています。

また、「もう避難者と呼ばれたくない」と言う方もいらっしゃれば、逆に避難指示区域外からの方や区域が変更された方など、社会的に避難していることがきちんと認められていないのではないかという不安を抱えている方もたくさんいらっしゃいます。広域避難者支援の一番本質的な問題が、ここに集約されているのではないかと私達は考えています。

これまでの経緯はもちろんのこと、現在の認識、そしてこれからの方針、人それぞれです。埼玉で仕事をはじめた方、新しく家を購入された方、福島にもどることを決めた方、子どもが大きくなるまではという方……。

ゆえに編集部では、どの判断・選択肢・どの気持ちも受け止める・応援する、ということを一番だいじにしてきました。福島での復興住宅の見学ツアーの情報も載せれば、高校進学など埼玉で暮らしつづけるための情報も載せる……。今後も、「お互いの事情を聞き、語り合える」そんな場としての誌面(お手紙)をお届けしたいと考えています。

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『福玉便り』

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『福玉便り』発送ボランティアさん

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毎月印刷してくださっている富士ゼロックスさん

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『福玉会議』を定期的に開催し、避難者・支援者のお互いの顔の見える関係をつくってきました。

避難者支援活動を支える

私たちNPO法人あきたパートナーシップは、NPO中間支援団体として、秋田県ゆとり生活創造センター「遊学舎」を指定管理し、NPOの相談や支援を通し市民活動の推進に取り組んでいます。

震災発生直後には、被災地へのボランティア希望の声や支援物資の収集の相談、また徐々に増えて来た秋田へ避難されてきた方々の相談を受けながら、私たちは何ができるのか、何を必要とされているか手探り状態のなかで、できることから支援を続けてまいりました。また、市民活動を資金面で支援する認定NPO法人あきたスギッチファンドの事務局として、企業や市民、行政などから寄付金を集めて社会の課題解決に取り組むNPOやボランティア団体等に助成を行う市民ファンドを運営しております。

震災発生後、このファンドに、県内の企業や市民、行政などから約2千万円の寄付が寄せられ、平成23年5月に東日本大震災活動支援助成事業が始まり、平成26年7月まで3年間で47団体へ助成を行いました。これまでの助成団体の事業内容をみてみますと、震災発生直後は被災地へ出向いての活動支援が多かったのですが、昨年あたりからは支援に変化が出始め、避難者の自立に向けた支援や生活に密着した支援が目立って来ています。例をあげますと、秋田に避難してきた方々が、慣れない土地での移動のお手伝いをしたいとNPOが「お出かけ支援事業」として、通院や買い物、子どもの行事などに車での送迎を行い多いに利用してもらっています。また、福島県出身の秋田の大学生たちが、避難してきている子どもたちのための学習塾「きびたきの家」を開設し、学習面だけではなく子どもたちの良き相談相手にもなってくれています。

また福島原発事故をきっかけに秋田に避難してきた母親たちが自分たちで団体を立ち上げ、有機農法での野菜作りや農業体験、季節の交流イベントの開催、子どもたちの学習と遊び場の提供など自分たちで企画し活動をしている「秋田避難者親子の会」、この事業には県内のNPOやサークル、企業などが専門的な部分で支援を行っています。

当法人でも施設利用者を中心に「秋田避難者親子の会」のボランティアを募ったところ個人64名、企業を含む14団体が登録をしてくれました。4月にはボランティアさんの研修会とお花見交流会も開催され、本格的に活動が始まりました。

震災発生時、秋田県は同じ東北でありながら直接的な被害は殆どなく、大きな被害を受けた岩手、宮城、福島の各県のみなさまには心苦しく、申し訳ない気持ちで一杯でした。同じ東北に住むものとして、避難者の方々に寄り添いながら、多くの人に関わりを持ってもらいながら、「忘れないよ」を伝えていく役目を担って行きたいと思います。

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避難者子ども学習塾・きびたきの家の学生たち

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秋田避難者親子の会・ボランティアさんとの研修会と交流会

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遊学舎

広島「たねまく広場」と、岡山「うけいれネットワークほっと岡山」事務局がオープンしました。

はじめまして。「中国5県支援ネットワーク会議」のはっとりいくよです。中国地方の岡山県では「うけいれネットワーク ほっと岡山」の事務局を担当しています。

中国5県会議は、中国地方に活動拠点を持ち東日本大震災・原発事故における避難者支援活動に携わる多層な団体によるネットワーク組織です。こちらのブログでは、広くたくさんの方々に避難者の状況を知っていただくとともに、中国地方各地にいらっしゃる避難者の様子や当事者団体、支援団体の状況を私たちが随時把握することで、抱えている問題解決の次の一歩の橋渡しになるように、また支援の網の目が細かくなるように心がけながら取り組んでいます。
今回は、広島と岡山での避難者支援の状況をお伝えしたいと思います。

広島「たねまく広場」がオープン

今年6月、「ひろしま避難者の会 アスチカ」は、避難者に限らない交流スペース「たねまく広場」を広島市内にオープンしました。気軽にいつでも立ち寄れて、ゆっくりくつろげる場を大切にした様子がいろんなところに伺えます。ほっとひと息つけるカフェコーナー、ハンドメイドの雑貨販売、キッズコーナー、一つひとつのディスプレイ。どれも心がこもっていることを感じます。オープンまでの半年、会の皆さんは丁寧に準備を重ねてきていらっしゃいました。

「楽しく交流をしながらも、目にした被災地の情報・広島の情報や集った人々とのおしゃべりなどを通して、何か一つ新しい発見を持ち帰っていただけるような空間になることが希望です。」と三浦綾さん(アスチカ代表)。

情報コーナーには被災地・被災者に関わる資料や避難者向けの生活情報、ふるさとの情報なども自由に閲覧でき検索用パソコンも設置。欲しい情報をプリントアウトもできます。また、お料理教室や法律相談などの開催も豊富。 お気軽にお立ち寄りくださいね。
たねまく広場の詳細

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たねまく広場のあったかな看板がお出迎え。

岡山「うけいれネットワーク ほっと岡山」事務局オープン

同じく6月、岡山では東日本大震災に関連する10の支援団体による連携組織「うけいれネットワーク ほっと岡山」が岡山市内に事務局を開設、同時に避難者相談のワンストップ窓口を常設化しました。

ほっと岡山では、構成団体それぞれの取り組みが連携することでスムーズに活動できるように、また課題解決にむかえるように緩やかにつながってきましたが、震災後3年めを迎え取り巻く状況の変化から、よりネットワークすることが求められてきたために組織の土台を整える運びとなりました。また避難者の相談窓口の一本化として事務局の相談対応ブースを設けています。開設の反響は岡山県内で大きいことを実感、当事者の相談に留まらず、県内各地から支援の申し出や、行政との更なる連携の提案、中間支援組織からのサポート、広報対応など、多岐にわたっている状況です。

それぞれの避難者の変化する状況を支えながら、ネットワークすることの強さを実際に体現する機会を大切に、これからも支援の支え手となれるよう続けていきたいと思います。
うけいれネットワーク ほっと岡山

避難者支援に関わる拠点があることは、今後訪れる方が少なくなったとしても、ずっと「ここにある」ということが少しでも支えになれるのではと支援の傍ら実感しています。
これからもさまざまなところからどうぞ見守りくださいますよう、よろしくお願いいたします。

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各団体がそれぞれの取り組みを振り返るダイアログの様子。

当事者団体と支援団体をつなぐ新しい仕組み

こんにちは。特定非営利活動法人とみおか子ども未来ネットワークの金子です。今回は私が地域調整員を担当する関東地区の中から、東京で開かれている「広域避難者支援連絡会in東京」についてご紹介します。

震災から4年目を迎えた今も、東京都には7,798人(平成26年6月24日現在)の方々が避難されています。避難者数は緩やかに減少をみせているものの、被災三県を除くと最も人数の多い都道府県となっており、今後の生活環境などを考えると、この避難状況は長期間にわたり続いていくことが予想されます。また、支援についても、個々の状況にあわせた多様な連携が必要ですが、十分な支援が行き届いているとは言えません。特に震災から1〜2年目は、多くの団体が活動していたものの、それぞれの情報をシェアしたり、協力体制を築くまでには至らず、個々の取り組みに頼るしかない部分が強くありました。

そんな状況の中で、広域避難者支援連絡会in東京(以下、連絡会)は、支援団体・当事者団体のネットワークづくりを目的に2013年5月に東京都内を主に活動地域とする11の参加団体により設立されました。連絡会ではこれまでに5回の広域避難者支援ミーティングを開催しています。JCNとの共催で行われた第1回は、支援団体を中心としたミーティングでしたが、定例会や多くの団体や交流会などへ訪問する中で徐々に都内で活動する当事者団体の様子が見えはじめ、当事者を含んだ会議へと発展してきました。

なかでも、第4回の支援ミーティングでは参加対象を都内で活動する当事者団体、当時者と共に活動している団体に絞り、それぞれの団体の活動紹介や、様々な意見交換が行われました。多くの課題が話されるなか、これまで一堂に会する機会がなかった12の団体が顔を合わせ話し合う場を持てたことは、団体間での協力、連携を深めていくための一歩になりました。これだけの数の団体が、難しく思われがちな会議の場に参加してくれたのは、連絡会が取り入れてきた「バディ制」が一助になっているのかもしれません。

バディ制ってなに?と思われる方もいるかもしれませんが、簡単に説明すると「バディ」=「仲間、相棒」のこと。連絡会の中からそれぞれの当事者団体をフォローする担当者(バディ)を決めることで、そのバディが日頃からの連絡調整や担当団体の行うサロンに通うなどしてお互いが顔の見える関係を築いていきました。現在、連絡会は支援者団体のみで構成されていますが、こうした関係が当事者団体を含めた繋がりづくりに反映されています。

支援関係では、とかくネットワークが大切などと言われがちですが、それは個々の繋がりがあってはじめて力を発揮できるものです。連絡会の皆さんが当事者団体のバディとなり、情報の伝達やイベントの協力を行うこと、お互いが身近な存在になることは、どこの団体やサロンでも同じように必要なことで、その繋がりが個人を支えていく仕組みになっていくのだと改めて感じています。今後、連絡会では支援ミーティングに加えて、当事者団体の方々を主体とした交流の機会を企画サポートしていきますが、こちらはまたの機会にお話したいと思います。

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山形県・宮城県の避難者支援団体を訪問して

こんにちは。特定非営利活動法人山形の公益活動を応援する会・アミルの湯澤真と申します。東日本大震災にともない山形県と宮城県の避難者支援をしている団体の情報発信をしています。

現在福島県からの全国への避難者は約45,000人。山形県内では約5,000人、宮城県では約2,500人の方が避難されています。避難者の人数が多い山形県では、福島県の行政や民間との連携がとても大切になっています。一方、同じ福島県に隣接する宮城県では、同じ被災した県として山形県とは支援の形が違うという話をお聞きました。

まず山形県は、県全域の避難者支援をサポートする「復興ボランティア支援センターやまがた」を2011年8月に発足。復旧・復興にむけて支援をしているボランティアに関する活動や情報の拠点となっており、多くの個人・団体・企業等が、被災地での支援活動や県内避難者にむけた支援活動を展開しています。また、復興ボランティア支援センターやまがたが中心となり毎月行われる「支援者のつどい」は、東日本大震災復興支援活動の情報交換、課題共有、交流を目的として2011年9月に始まり今月で36回目を迎えます。開催当初に比べ、参加者が増えており、今でも約20団体前後の支援団体が参加されていることに驚かされます。私も毎月参加しています。

一方宮城県では、仙台市を中心に福島県からの避難者が集まっています。宮城県も被災した県であり、福島県からの避難者の割合が少ないことから、行政や民間として避難者支援は沿岸部が中心になっている現状です。そんな中、「特定非営利活動法人せんだいファミリーサポート・ネットワーク」は仙台市内及び近郊のボランティアや支援団体、山形で福島から避難している母子のためのサロンを運営している団体や行政などがばらばらに行っていたサロン情報をひとつにまとめた情報紙「Fumiya・ねっと」を発行しています。
また、福島県から避難されている女性の方々が中心となり活動をする「福ガール’sプロジェクト」も発足。活動内容は、自分たちが発信したいことや、やりたいことをイベントとして企画し、運営等を行っています。現在も一緒に活動をしてくれる福島県出身の20〜40代の女性を募集しているとのことでした。
特定非営利活動法人せんだいファミリーサポート・ネットワーク

東日本大震災から4年目に入り、沿岸部の支援も含め支援がまだまだ必要と改めて感じました。私に出来ることとして、福島県から避難された方へ少しでも多くの情報が行き届くよう努めて行きたいと思います。

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大牟田で「Ochaccoしていかんね?」

こんにちは。一般社団法人市民ネットの竹下といいます。市民ネットではおもに福岡県内に避難されている方の受入れ対応や暮らしのサポートに関わっています。県内の避難者支援の取組を紹介します。

福岡県大牟田市、熊本県との県境に位置するこの小さな町で「Ochacco in おおむた」と呼ばれる交流会が開かれている。主催は東日本大震災復興支援〜絆〜プロジェクトおおむた。代表の彌永(いやなが)さんは震災直後から東北と密接に関わってきた。

この「おちゃっこ」という言葉、実は東北で「お茶していきませんか?」と誘うときに使われる言葉なのだそうだ。震災後、彌永さんご自身が東北支援に行った際、地元の人たちに「おちゃっこしよう」と声をかけられた。当時震災支援と言えば支援物資供給が当たり前だった。物ばかりが重要視される中、「心の支援とは何か?」という疑問が彌永さんにはあった。その疑問を解消したのがおちゃっこだった。誰かの家に集まり、地元のお茶とお菓子を食べながら何気ない話をする。その肩肘張らないやりとりを見て、彌永さんは地元の方にとっておちゃっこが心の支えになっているのだと確信した。

九州に戻ってくると、今度は県外避難者の問題が彌永さんを悩ませた。大牟田市に圧倒的に多いのは気仙沼からの避難者。なんと百二十名近くの避難者が大牟田に集まっているという。仰々しい支援ではかえって避難者にストレスを与えてしまう。悩んでいる彌永さんの脳裏に、東北で誘われたおちゃっこが浮かんだ。避難者の多くは避難先の生活に慣れようと故郷の方言を隠して生活しているという。せっかくなら避難者の方々が地元の言葉で自由に話せる空間をつくりたい。そう思った彌永さんは「おちゃっこ」という言葉をそのまま交流会の名前に活かした。交流会の開催は月に一回から二回。特に派手なレクレーションが行われるわけではない。しかし東北の新聞が置いてあり、東北の知人から取り寄せたお茶菓子や雑貨が置いてある。要望があれば彌永さんご自身の経験を活かして石けんづくりやお菓子づくりも行う。参加者は自由にお話をして、子ども達が自由に走り回る。その光景はまさに田舎の家で行われるお茶会そのものだ。

今までは市の施設をレンタルしていたが、今年七月から事務所を開設し、常設の交流スペースも確保された。大牟田にはまだ福島や宮城からの避難者がいる。今後は彼らとどのように交流をしていくかが課題だ。「私の代わりに避難者が主体となって交流会を開いてくれるのが夢」と彌永さんは語る。

東日本大震災復興支援〜絆〜プロジェクトおおむた

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愛媛から、高知・四万十町の交流会に参加してきました

こんにちは、NPO法人えひめ311の古関と申します。「NPO法人えひめ311」は、愛媛に避難し、3.11を機に繋がりを持った避難者が、当事者同士で立ち上げた団体です。

震災から3年を経てもなお避難者から支援の需要は増え続ける現実があり、元気に活動を続けております。
同じ四国内でいえば、愛媛へは185人、香川へ92人、徳島へ67人、高知へ105人の避難者数があります。(2014年5/15現在、復興庁まとめ)全国から見れば、ひとつひとつの県に対する避難者数は、少ないほうです。しかし、避難者が少ないからこそ、繋がりが更に求められる現状があります。避難者間の連携を大切にし、情報不足や孤立、悩みを共有できるベース作りを目指しています。

今年度は、四国4県内にて、避難してきた者同士の世代を超えた繋がりをつくっていくという目標があります。そのため、愛媛、香川、高知、徳島、それぞれに活動する各地の支援団体との協力を日々、深めています。

去る2014年6月9日、初夏の気持ちの良い日差しの中、同じ四国内での避難者交流会参加のため、高知は四万十町へ行ってまいりました。愛媛県松山市から高速道で約150キロを南下。2時間半のドライブ後、たどり着いた四万十町。初めてみる、四万十川の雄大な流れに、深い感動を覚えました。

主催してくださった、特定非営利活動法人地域支援の会「さわやか四万十」さんの事務所へお邪魔し、大人14名、子ども6名が集いました。うち、福島からの避難者は4世帯。地元からは見識のある方や、この夏保養を主催されるボランティアグループ代表の方が参加され、保養受入れについての課題やポイントを話し合ったり、今、どこでどんな生活を送っているかをそれぞれに話し共有したり、終始話題は尽きず、盛り上がりました。また、えひめ311の目指す四国4県間の交流に快く賛同頂き、とても良い交流会となりました。

「なかなか言いたい事を堂々と言い合える場が、普段持てない」
「同じ境遇同士で話せることが、何よりのストレス解消」
「元々住んでいる方たちに、移住してきた経緯や境遇を同じ立場で分かってほしいと思っても、なかなか難しい。」

こんな声も飛び交い、今後の活動のとても良い指針となりました。この場をお借りして、主催のさわやか四万十さんに、御礼を申し上げたいと思います。今後も、四国内の交流会にどんどん参加していきたいと考えています。

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愛知では、保健師さんによる避難者全世帯への訪問を行います。

こんにちは。生活協同組合コープあいちの向井といいます。私が関わっている愛知県被災者支援センターと名古屋市では、6月末から10月にかけて愛知に避難されている約500世帯の個別訪問を行う予定にしています。大震災・原発事故から4年目になりますが、一人ひとりの今の健康や生活状況を直接伺い、地域でのつながりをふまえて、今後の支援策につなげることを目的にしたものです。愛知県ではこれまでにも、毎年二回全世帯にお米のお届け(飛島村などからお米が提供され、コープあいちがお届け)を行っており、登録世帯の約95%の方とのつながりを維持していますが、健康や生活状況を直接伺う全世帯訪問は初めてのことです。

約200世帯が登録している名古屋市(16区)では6月末から7月中旬までの期間で各区の保健師さんが健康調査として訪問を開始しています。名古屋市以外の市町村には約300世帯が登録していますが、7月下旬から10月にかけて、愛知県被災者支援センタースタッフと保健師さんで訪問します。

現在(7月上旬)は、そのために愛知県の防災担当職員と愛知県被災者支援センタースタッフで、避難登録がある全ての市町村の受入被災者担当部署に出向いて、個別訪問の進め方を打ち合わせています。各市町村の保健師さんの同行をお願いしていますが、難しい場合もあるため在宅保健師さんの協力を呼びかけています。

また、訪問する保健師さんやスタッフ対象の説明会を開催し、訪問目的を確認、そこで出された質問に応えるために、事前勉強会を開き震災・原発事故の影響、愛知への避難のようすや特徴的な声、支援制度などを学んでいるところです。また、名古屋市以外の市町村に登録している方には、訪問に先立って事前アンケートも実施しています。

すでに訪問をうけた名古屋市在住の二人に訪問の様子を伺いました。
福島県から避難しているSさんは「自分の話を聴いてもらえたので一時間半も話しました。地域の医療機関の情報もわかりました。保健師さんに共感してもらえて良かったです」。

栃木県から実家のある名古屋に家族三人で避難しているMさんは「栃木から避難された方はたくさんいますか?被曝の検査してますか?健康に不安はありますか?という話と児童館や図書館などの紹介でした。子育てについてなにかあれば保健所に来てくださいね、ということでした。」

愛知県には青森・宮城・岩手・福島・栃木・茨城・千葉・東京・埼玉・神奈川から避難されており、7月現在で約500世帯、1,200人弱の登録です。この訪問が、一人ひとりのこれからの生活の力につながることを願っています。

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はじまりは・・『ようこそ あったかい道(yokoso attakaido)』・・

みなさんこんにちは。東日本大震災、福島第一原発事故により北海道へ避難している人たちの会「みちのく会」の本間紀伊子と申します。

『北海道は寒いけど、あたたかく皆さんをお迎えしますよ。』そんな気持ちで集まった北海道民と震災後9年ぶりに宮城県から北海道に戻ってきた私が、北海道に避難してきた方々が集まれるイベントを企画したのが、2011年3月末のことでした。

音頭をとったのは、現在の避難者受入支援団体「あったかい道」。4月9日に開催したイベント「第1回ようこそあったかい道」では、約100人のボランティアスタッフ、民間企業や行政の協力をいただいて約100人の避難者さんが参加され、まだ雪の残る北海道であったかい心を持ち寄ったイベントとなりました。これを契機に、避難者たちの会「みちのく会」が発足し、支援団体行政、企業、市民などとの連携が震災直後から出来上がっていたように思います。

さて、そこから4年目を迎えた今、避難している人たちの状況も多様化し、支援とは何か?何が必要で必要でないのか?非常に難しい状況に直面しています。そのような現状を、支援団体、行政、他支援に関わる各機関で共有し、各セクションが連携をとっていくために、2カ月に1回、みちのく会の事務所にて『全道連絡会』を行っています。

参加メンバーは、支援団体12団体(うち中間支援団体2団体)・当事者団体4団体+みちのく会5支部・行政(福島県、北海道、札幌市、社会福祉協議会)・弁護士会・司法書士会・アカデミック・北海道新聞社社会福祉振興基金などの32団体です。毎回、オブザーバーとして参加いただく団体があり、4月にはJCN、6月には、みちのく未来基金に来ていただきました。

全道連絡会で話題とする内容は会議方式ではなく、何かを決めることを目的にはしていません。私個人の思いとしては、情報共有とコミュニケーションを重視しています。避難者が様々であると同様に、支援者も様々である中、意見の違いがあることを統一しようということではなく、それぞれの得意分野を持ち寄ることで一緒に前に進んで行くことができればと思っています。

また、せっかく遠方より参加いただいても2時間の連絡会に発言できることも限られてしまうため、会の後の時間に、手作りの懇親会(ANPAN☆NIGHT)※事務所の前に通っている道路がアンパン道路というので、この名称をつけました」を同会場で設け、道内で支援活動を行う皆さん、避難者さん、一般市民、ボランティアさんなど参加者の輪を広げ、肩書にこだわらず参加いただいています。皆さんに楽しんでいただきたいという思いで避難当事者側が企画をしていることが、あまり表からはわからないかもしれませんが、震災直後からあったかく受け入れていただいた北海道への感謝の気持ち、「ありがとう」という原点を忘れずに、今後もともに歩んで行けたらと思っています。

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